「もっと大きく足を出して」「右手を伸ばして」「力を抜いて」

リハビリでは、こうした言葉が日常的に使われています。しかし、同じ説明でも動きやすくなる人もいれば、かえって混乱する人もいます。

言葉は、私たちの動きにどのように関わっているのでしょうか。今回は、脳科学と脳卒中リハビリテーションの研究をもとに、言語と運動の関係、言葉による指示の可能性と限界を整理します。

言語と運動は、脳の中で完全に別々なのか?

私たちは「つかむ」「歩く」「投げる」といった言葉を理解できます。これらは単なる音の並びではなく、身体を使った経験と結びついた意味を持っています。

動作を表す言葉の処理と、動作の観察・イメージ・実行に関わる脳活動を比較した研究では、関連するネットワークに重なりがあることが示されています。一方で、その活動は同一ではありません。2022年の研究では、動作関連言語と実際の運動を含む複数の課題の脳活動を比較し、共通性と相違の両方を示しました。[1]

研究から言えること

言語と運動の神経ネットワークには関連がある。ただし、「動作を表す言葉を聞くこと」と「実際に身体を動かすこと」は同じではありません。

「つかむ」という言葉を聞くだけで、手の運動が改善する?

動作に関係する言葉が運動関連領域の活動と結びつくことから、言葉が身体の運動に影響する可能性は研究されています。

しかし、脳活動の重なりがあるという事実だけで、言葉を聞いたり発したりすれば麻痺が改善すると結論づけることはできません。脳活動の研究と、患者さんの日常生活動作が改善するかを調べる臨床研究は、分けて考える必要があります。

誤解してほしくないこと

「動作の言葉を繰り返すだけで麻痺が治る」「言語を刺激すれば運動野も回復する」といった主張を支持する十分な臨床的根拠はありません。

療法士の言葉は、運動学習に影響するのか?

脳卒中後の歩行練習を対象に、療法士による個別化した言語指示・フィードバックを加えた研究があります。9名を対象としたクロスオーバー研究では、標準化された歩行練習に言語的フィードバックを加えた条件で、麻痺側下肢の後方への伸びを示す歩行指標に、練習直後および24時間後の改善が認められました。[2]

この結果は、何をどう伝えるかが、特定の運動課題の学習に影響する可能性を示しています。

ただし、対象は9名で、短期的な歩行指標を調べた研究です。言語的な指示が、すべての脳卒中患者の歩行や手の機能を改善すると証明したものではありません。

同じ言葉でも、動きが変わるとは限らない

例えば「右足を前に出してください」という指示が、ある方には適切でも、別の方には十分な情報にならない場合があります。

動作の理解、注意、感覚、運動機能、失語症の有無などによって、同じ言葉の受け取り方や実行のしやすさは異なります。

臨床では、説明を繰り返すだけでなく、実際の動きを見せる、目標物を置く、触れて位置を知らせる、動作を一緒に行うなど、情報の伝え方を調整することがあります。これらは個々の状態に応じて検討する臨床上の方法であり、どの方法が常に優れていると一律には言えません。

失語症と失行は、なぜ一緒に起こることがあるのか?

左大脳半球の脳卒中では、失語症と失行が併存することがあります。言語に関わる領域と、身振りや道具操作などの熟練した行為に関わる領域・ネットワークが、近接したり部分的に関連したりしているためです。[3、4]

しかし、失語症があるから失行になる、という単純な因果関係ではありません。両者が独立して障害される例も報告されています。[3]

言葉の理解が難しい場合

「手を振ってください」という口頭指示が理解できず、動作を行えない場合があります。この場合、言葉による指示だけで判断すると、実際の行為能力を過小評価する可能性があります。

失行がある場合

指示の意味を理解していても、身振りや道具操作を適切に実行することが難しい場合があります。言葉による指示、模倣、実物の道具を使う条件などを比較することが、評価の手がかりになります。[3、4]

右片麻痺の評価で重要な視点

「言われた動作ができない」という結果だけで、運動麻痺、言語理解の問題、失行を区別することはできません。どのような提示方法なら動作できるのかを含めて確認する必要があります。

言語と運動の関係を、リハビリにどう生かすか

研究結果を踏まえると、言葉は運動を支える情報の一つと考えられます。しかし、言葉を増やせばよいわけではありません。

評価すること指示の理解、注意、失語症・失行の有無、感覚、運動機能、実際の動作を確認する。
伝え方の調整短い言葉、動作の提示、目標物、必要に応じた身体的な手がかりなどを個別に検討する。
動作練習本人が目指す具体的な動作を繰り返し練習し、必要なフィードバックを検討する。
生活への応用練習場面での変化が、食事・更衣・歩行などの実生活でも生かせるか確認する。

Plusimでは、脳機能・運動機能・感覚の3側面から動作が難しい原因を分析し、その結果に応じた介入を考え、生活動作へつなげることを大切にしています。

言葉による説明やフィードバックも、その中の一つの手段です。重要なのは、言葉そのものではなく、その人が必要な情報を理解し、目的のある行為につなげられるかという点です。

まとめ|言葉と動きは関係する。しかし、同じものではない

動作に関する言語処理と運動に関わる脳活動には、共通する部分があります。また、脳卒中後の運動練習において、個別化された言語的フィードバックが学習を助ける可能性も示されています。

一方、言語と運動は同一の機能ではなく、言葉を使うだけで麻痺が改善するとは言えません。失語症や失行がある場合には、そもそも言葉による指示が適切に伝わっているかを考える必要があります。

リハビリで大切なのは、「何を伝えたか」だけでなく、「その人にどう伝わり、動作にどうつながったか」を確かめることです。

右片麻痺・高次脳機能障害のリハビリについて

Plusimでは、脳卒中後の右片麻痺、失語症や失行を含む高次脳機能障害、感覚障害などについて、動作と生活の両面からご相談を受け付けています。

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参考文献

以下は全文を閲覧できるオープンアクセス文献です。本文中の[番号]と対応しています。

  1. Mapping relational links between motor imagery, action observation, action-related language, and action execution. (2022). 全文
  2. Verbal Feedback Enhances Motor Learning During Post-Stroke Gait Retraining. (2020). 全文
  3. Update on Apraxia. (2008). 全文
  4. Apraxia: Review and Update. (2017). 全文

※この記事は一般的な医学情報の解説です。個別の診断・治療方針は担当医療者と相談してください。